• 朝雨戸を開けるときすでに雨戸が焼けるように熱い。すごい勢いで気温上昇中。
  • ついにわが社でも新型インフルエンザ患者が発生。そろそろ試験期間なのにどうなってしまうんだろう。
  • 引き続きcausa suiの件だが(しつこい)、昨日の「自分自身を生み出す原因」と「自分自身の原因」の違いが分からん、という意見を(自分自身の胸の内に)聞いたので、もう一度整理を試みる。
    1. amor meus 私が誰かを愛する、その愛。私が能動的に持っている愛。
    2. amor mei 私に向かう愛。私が受動的に受けている愛。
    このように、所有形容詞は能動的な意味、人称代名詞属格は受動的な意味を持ちます。amor meusは自分の胸が熱くなりますが、amor meiはたとえば「いやあ恐縮です」というようなことになります。この区別は単純明快。
    1. amor suus 自分自身(主語が指す人)の胸の内にある誰かへの愛。
    2. amor sui 誰かの胸の内にある自分自身(主語が指す人)への愛。
    再帰になると、一般的に主語が指す人が問題になるだけで、区別の意味は上の場合と同様です。「Sはamor suusを表明した」は、Sが誰かを愛しているという表明であり、「Sはamor suiを表明した」はSが誰かに愛されているという表明でしょう。この限りでは、amor suiそれ自体に「自己愛」という意味はありません。
    1. causa sua 自分自身(主語が指すもの)が所有する、何かの結果を生み出す原因。
    2. causa sui 何かのものの内にある、自分自身(主語が指すもの)を生み出す原因。
    amorの場合の区別をそのまま持ち込むとこういうことになります。やっぱり、causa suiそれ自体に「自己原因」という意味はありません。
    【考察】
    • amor suiは自己愛ではなく、causa suiは自己原因ではない。これらの意味が生じるのは、「Sはamor suiを持っている」「Sはcausa suiである」というように、所有の意味を背景にしたときである。つまり、上の1と2を合わせたときに、「自己ー」という意味が生じる。
    • 実際の用例では、causa suaは、「Sを生み出す原因」という意味でもよく使われている。
    【結論】
    • 「自己原因」という意味で用いるcausa suiは、causa sua suiの省略表現。
    • causa suiが「自己原因」で定着したので、causa suaは「自分を生み出す原因」という、本来であればcausa suiが担う意味でも用いられるようになった。
  • ううう。だれか語学の偉い人がいたらこれでいいか教えていただけると幸いです。
  • 今日は夜宴会なので出社するマルガリータの車に便乗して昼から大学へ。
  • 受付で先日の血液検査の結果をもらう。おそるおそる中を見ると前回よりさらに数値が改善している。ぶらぼー。やはりこれはランニングの効果なのかな。
  • 山の向こうに巨大な入道雲が出現し、その前を群雲がゆっくり北東へ動いている。なかなか遠近感があってよい。
  • 箱崎非常勤講師慰労会@中洲。面識はあってもご一緒するのは初めての方が多かったので当初少し緊張するが3杯目くらいからいつものようにぐだぐだに。意外にもT教授は40年来のジョガーということで、さっそくランニングについての高度な技術論で盛り上がる(やや脚色あり)。
  • 11時半頃に帰宅。シャワーを浴びて少しドリンクを追加。