- 冷たい雨が降っている。午後から晴れるという予報。
- 予想されていたことだが昨夜のチーズリゾットはたいへんカロリーが高かったようだ。
- 暮らし館で水やお茶を買う。ついでに、昨夜食卓で話題に上っていた消毒用アルコール(ジェル状)を買ってみる。水を付けないでも
なすりつけるこすりつけるだけで消毒ができるという優れもの。本体はエチルアルコールなのでいかにも消毒してますって感じの匂いがするのも評価ポイント。
- 成績表を提出。これで今学期の定期試験業務は全て終了。ぱちぱち。あとは入試だな。
- そろそろ某原稿を書き始めようと思っているが、調子が悪いときに書いてしまうとあとでたいへんなことになるのがわかっているのでうかつには書き始められない。(さっさと書きなさい)
- イボ神様
たまにはサブタイトル付きの記事も書いてみよう。先日妻に話したことだが、子供の頃に不思議な体験をした。私はずいぶん小さい頃から手にたくさんイボがあった。右の中指の第二関節にあったやつは、「このイボがある方が右」というかたちでとくに重要だった。ずいぶん大きくなってイボがなくなったあとも、ふと左右がわからなくなったときに、右手の中指を探る独特の手の動きだけはしばらく残った。
- そのイボだが、小学校の2年生の比較的短期間の間に、全部ぽろりと取れてしまった。それまでも、イボコロリを塗ってみるなど、取るための努力を多少はしていたが、全く効果がなかった。それを、当時の大家さんちのおばあさんが聞きつけ、イボ神様にお願いしてやる、ということになった。
- 今思えば冗談のようだが、当時私が住んでいた四国の山の中では、そういう得体の知れない神様がいっぱいいても不思議ではなかった。そこで私はおばあさんに従って、ある日、イボ神様に一緒にお参りに出かけることにした。
- イボ神様にお参りするには一定の作法がある。まず、近くの松林に出かけ、イボの数だけ松ぼっくりを拾う。次に、おばあさんがその松ぼっくりに糸を通し、輪にして首飾りを作った。私とおばあさんはそれを持って山に入り、どこをどう歩いたか覚えていないが、8才の子供と70才ほどの老婆が行くのだからそう遠くではあるまい、とにかく山の斜面の暗い林の中に、小さなお地蔵さんが立っていた。おばあさんは、そのお地蔵さんに、先ほど作った松ぼっくりのネックレスをしてあげて、「この子のイボが治りますように」と祈った。私もうながされて祈ったかも知れないが、覚えていない。
- そして、その日からまもなくして、手の全てのイボがきれいさっぱり取れてしまったのである。とくに大切な右手中指のイボについては、今でも、小学校の教室で、スピーカーから流れてくる朝礼の校長先生の話を聞きながら、ぽろりと取れたその感触を鮮明に覚えている。
- たぶんそれは、成長の過程で、たまたまイボが取れる時期だったのかも知れない。しかし当時は、イボ神様にお参りしたお陰でイボが取れた、と、なんの不思議も感じずに感謝した。日本にまだたくさんの神様がいた時代の話である。
- だからこういうんじゃなくて原稿を書きなさいってば。
- 夕方ジョギング。風が強く寒そうだったが、だいたいこういうときは家の中にいるからそう感じるのであって、外に出てみるとそうでもないことが多い。しかしやっぱり寒いので入りのペースが上がってしまう。そのままのペースを維持して走ってみると、おそらく今までの最高タイム。10kmを55分59秒。途中信号に3回ほど引っかかったので、3分ほどのロスがある。今日は原稿以外とても快調だ。