- 放射冷却で明け方は0.8℃まで冷え込んだようだ。
- ケータイカンニング事件でいろいろと新聞に論評が出ている。いろんな観点から考えさせられることが多い。
- 認識論の観点からは、これはアクセス内在主義の「主体の反省のみによってアクセス可能なものだけが正当化に寄与しうる」という要件の緩和に見えるかもしれないがそれは錯覚。今回のカンニングは、「辞書・本・ノート持ち込み可」とは本質的に違う。試験時間中に掲示板を使用することによって、試験を受けている主体の同一性が損なわれることが問題。
- ネット上のさまざまな情報を駆使して正解を見つけ出す能力を試すという試験はありうると思うし、そういう能力が今の社会で必要とされているというのも正しい。しかし、そう思って「ケータイ持ち込み可」という試験を実施すれば、リアルタイムの掲示板やそれに類する手段を用いることによって、いったいその試験を受けているのは誰なのよ、という状況を生み出してしまう。
- 内在主義か外在主義かという以前に、その認識論が個人認識論なのか社会認識論なのかというところが揺らいでしまう。今回の事件が示すのは、「ケータイを持った個人」が、簡単に認識主体としての同一性を喪失しうることであり、そこが入試を含めてあらゆる制度の根本を脅かす点なんじゃないかと思う。
- 午後から娘の前撮り。成人式は来年だが、その記念撮影を全員がこの地にいる間にやっておこうという企画。市内三箇所から天神の写真館に集合。撮影自体は決まった手順で決まったポーズをどんどん撮っていく。デジカメだから全部で160枚ほど撮影。最後は家族写真も撮った。それを27インチのiMacに読み込んでiPhotoで表示して、みんなでなんじゃかんじゃ言いながら写真を選んでいく。写真屋さんにすべて任せるしかなかった昔とは違う。まあ時代も変わったものだ。
- 時期的に倹約しようという心づもりで挑んだのだが、晴れ着を着た娘の写真のあまりのすばらしさについつい財布の紐がゆるんでしまう。(親ばか丸出し)