- 晴れだが黄砂。(飽きてきた)
- 割り算の商と余りについては小学校で習う。「11÷3=3余り2」とか。しかし、「(-11)÷3」とか「11÷(-3)」について、正しく商と余りを答えられる大人が現在の日本にどれくらいいるだろうか!と憤っているのは自分がわからなかったからである。おそらく、負の数が導入される時期に、割り算は分数で処理するようになるので、この商と余りの関係については、整数全体にあてはまる定義であるにもかかわらず、負の数については正確に教えられていないのである。
- いろいろ調べたがやはり一番きっちり説明してあったのは高木貞治『初等整数論講義』であった。余りは正の数として定義されているので、(-11)÷3は、-4余り1、11÷(-3)は-3余り2である。(こんなことにその本を使うなんて)
- 括弧内に反論するわけではないが、わからなくなったときに、ちゃんとその疑問に対応してくれているというのが名著の名著たるゆえんであろう。めざせ名著。
- しかしこんな時期に意味論的無感覚状態(semantic insensibility(てきとう))に陥りつつある。これは「意味」に対する興味関心が薄れる症状で、例年、2月から3月にかけて発症する。今年はその時期別件に気を取られていたので時期がずれたらしい。
- 水泳1,200m。昨日と打って変わって体が軽く力を入れすぎる。
- ええと、何したんだったっけ。そうそう、なにか授業的なものと会議的なものがいくつか通り過ぎていったような気がする。
- 意味論的無感覚状態の時に染みる音楽は何か。理屈で考えるとバッハのフーガなんかがいいような気がするが実際にはまるでダメ。新ウィーン楽派も実は濃厚な意味の固まりなのでダメ。なんとドボルザークの8番あたりがツボ。このあたりの関連性についてはさらなる究明が待たれる。
- 25時過ぎまで。脳を止めるのに苦労する。
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