- 晴れ。
- このところ胃腸の調子が悪かったマルガリータが胃カメラの検診を受ける。どうやら問題なかったみたいでひと安心。
- 大銀杏でパンを買う今日は二個でえらいぞ。
- 学内JTBで明日のチケットの支払い。最近はチケットレスサービスと言って番号を教えてくれるだけなのだよね。しかも往復だとチケットは二枚なのに番号がひとつだけのことがある。
なんか損した気分。
- 学内JTBから研究室へ行く通路に文具屋がある。ここをあからさまに通路として通るのは気が引けるので一応ちょっと店内を眺めるふりをして行く弱気な私。
- 東一条大学の成績を送付。これで終了。
- 会議の予定を携帯に登録していてふとこの会議連絡文書を写真に撮って携帯のスケジュールに貼り付けておけないかと考える。やってみると一応できるんだが貼り付けられる写真のサイズが限られているのでいまひとつ文字がはっきりしない。しかし文書を写真に撮って貼り付けるという技は応用範囲が広そうなので今後の検討に値する。
- 水泳2,000m。ふつう2,000mになってきた。
- 先日の血液検査の結果が届く。不規則飲酒が多かったので覚悟していたが予想に反して良好な数値。なぜだ。考えられるのはビールをやめてワインにしたことくらい。そう言えばワインってアルコール度数が13%とか書いているがそんなにないんじゃないか。日本酒が15%くらいだからあまり違わないはずだが日本酒よりもはるかに量がいける。まぁあまり考えずにポリフェノール効果ということにしておこう。
- 論文を書こうと机に向かっているが調子が出ない。やはりあれこれと山田先生のことを考えてしまう。あまりここに真面目なことは書かないようにしているが(そうなのか)たまにはいいか。
- 中世やっていると言うとよく「山田先生の影響で?」と聞かれるが実はそうではない。自分で中世をやろうと決めたのが先で、そのあとに山田先生に出会った。「授業で知ってただろう」と言われるかもしれないが自慢じゃないが授業に出るようなやわな学部生じゃなかったのだ当時は。
- 初めて文学部東館四階の山田先生の部屋を訪ねた時のことは今でもよく覚えている。いやむしろ正確に言うとたった今そのことをありありと思い出した。最初「宗教に興味がある」というような事を言うと「じゃあ宗教学に行けばいい」と言われたがその後しばらくしゃべっているうちに急に機嫌よくなって朗らかに「うちにいらっしゃい」と言ってくれた。その後「職はないぞ」とか「食っていけないぞ」というような事を言われたような気がするがあまり覚えていない。
- 何よりも研究室ではメリヤスのランニング姿で常になりふり構わず勉強してますという強烈なエネルギーを発散させていた。話すだけでかけがえのない何かを得ているような気になった。内容よりもその目つき顔つき声の調子立ち方歩き方ズボンのずり上げ方学生に対しても深々と頭を下げるそのお辞儀の仕方すべてからいちいち強烈な印象を受けた。
- 山田先生に比べれば当時の文学部のほかの先生はみんなたいしたことないと思っていた。(若気の至りですから許してやってください)
- 日曜日には醍醐山や愛宕山に登る習慣があって、時々お供させてもらった。こういうところでも研究室と全く同じようにしゃべるのが不思議だった。バスの中でも普通に哲学の議論をした。甲高い声で「神は」「天使は」「魂は」としゃべり続けるおじいさんを見てバスの乗客はびっくりしていたことだろう。
- 山田門下生を兄弟にたとえれば私は末っ子。だから甘やかされたと思う。叱られたことは一度もない。むしろいつもニコニコして私の心の奥を見ていたように思う。不意に研究室を訪ねて長話をしていく迷惑な学生だっただろうにいやな顔や忙しいふりをされたことは一度もない。
- 私が大学院に入るのと入れ違いに退官されたので、学問上の本当の指導は受けていないと言えるのかも知れない。しかし真剣に何かをしようとしたときにいつも励ましてくれた。細かいことはもう忘れたがいつぞや私が年賀状に何か生意気なことを書いて、それをたしなめるような返信をもらったことがある。むきになって長文の手紙を再信すると「老師はにっこり笑って言いました。自分の道を行きなさい」とだけ書いた葉書が届いた。
- チザムの翻訳を出したときも「この方向を徹底して進んでいかれることを望みます」という葉書をもらった。いろいろ雑音が多い時期だったこともあり心底うれしかった。この葉書は今も宝物だ。ずっと部屋に貼っているが日に焼けて色あせてきたので保存方法を考えねば。
- ちょっと書き出したら止まらない。書ききれないほど大量の何かが出口を求めて渦巻いている。いかん。やばくなってきた。